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雑にいろいろ

コンテキストとエモから見る一連の騒動のアホらしさ

一連の騒動がなぜアホらしいのか?それは人気商売なのにいろいろこじれた結果、人気が無くなってるからでは?という考えをコンテキストとエモという視点でまとめてみました。(ここではコンテキストは前提条件と読み替えてもらっても大丈夫です。)

僕自身は良質なコンテンツには何らかの形で還元すべきだという考えが強くあります。 たとえば、けものフレンズという作品はあらゆる意味で理想形だったので、この作品を生み出してくれた人たちに還元したいという気持ちがとても強いです。オフィシャルガイドブック(1,2,3,4,5,6)を購入したことで少しでも還元できればうれしいですね。よく「振り込めない詐欺」みたいなタグがつくコンテンツで、僕が好きなものにはなんとかして還元したいものです。

インターネットで(表向きには)無料で配信されているコンテンツにも良いコンテンツはあります。ただ、インターネットで配信するににもコンテンツを作成するにもお金がかかります。無料で視聴するというのは、このコストを視聴者がどういう形で支払うか、そして現状だと広告という形で回収するのがベストな形だとされています。本当にそうなのか?はいったんおいておきます。継続可能な形で良質なコンテンツを配信したいと思っている人たちは素晴らしいと思います。

しかし、Evilな見せ方や技術によって利用者が不都合をかぶり続けた結果、アホみたいにヘイトを稼いでるってのがどうしても根底にあります。僕みたいにテレビ(特にバラエティ)が大嫌いな人間からすると、ネット上のおもしろコンテンツなんかもあまり好きじゃ無いところがあります(好きなコンテンツもいっぱいあるけど)。僕にとって好きなコンテンツであれば度をすぎなければ多少はどういうやり方でもいいかなーとは思います(むしろもっとやれ感)。ただし当然、自分が好きなコンテンツじゃなければ[PR]って書かれてないPR記事には確実にイラっときます。これは言ってみれば僕の感情(エモ)ありきのもの(コンテキスト)です。

コンテンツを作る側からすると対象を絞り込む、言い換えるとコンテキストを強くするのは当然です。普通は、対象じゃ無い人からの批判とかは違法行為にたいする指摘とかじゃなければスルーして問題はありません。しかし広告のようにユーザーからさんざんヘイトをため込んだ世界の場合スルーするにはすでに傷が深すぎるって話なんだろうなーと僕は理解しております。

一連の騒動がアホらしい一番の理由は、コンテキストの強い話についていけない人がほとんどなのに、さらにコンテキスト強めていってしかもエモい記事で終わるみたいな流れが「ごめん、そのプロレスちっとも面白くないんですけど」という冷めた気持ちしか残らないのです。エモってコンテキスト強いんですよね。わかりやすく言うと「自分に酔ってる人を素面で見るのはキツい」です。まぁ老害っぽい人が一人で突っ込んで盛大に自爆していく様はとても滑稽で「これこそ面白インターネッツ!」ではありましたが。

けものフレンズは良いエモーションを僕にもたらしてくれたし最大限に恩を返したい。コンテンツを作って提供してくれる人たちには敬意を抱きつつ還元したいという気持ちはありますが、それも良い作品、エモを提供してくれるからです。エモありきコンテキストありき。

でも広告業界ってユーザーからのヘイト稼ぎすぎててエモがすでにこじれまくってません?人気商売なのに人気損なうようなやり方じゃ駄目なのでは?焼き畑するのはありかもしれないけど、長期的に見ると衰退するのではと思います。ブコメとかでも自浄作用なさそうだから法規制しかないのでは?と言われていますよね。そして僕も同感です。

少し話は違いますが、みんな大好きはてブではテクノロジーというカテゴリになぜかブロガー()むけのブログやSEOの話()がたびたび入る事で、「テクノロジー」を期待しているエンジニア諸氏からの熱いヘイトを稼ぎまくってたりするんですよね。実際もうはてブを見限ったエンジニアの話もよく聞きます。ブロガー向けのブログという極端にコンテキストの強いものが目に入る不愉快さ。これは内輪乗りを延々見せつけられるテレビに対する不愉快さとかと同じです。ゴシップにも興味ないし、エンタメに貶められた報道にも興味ないし、寒いテレビ作家が脚本をこさえるバラエティにも興味ない僕がテレビを見たときに感じる強い不愉快さ。巨人ファンvsアンチ巨人と同じようなものですかね。「ごめん、僕野球そのものにかけらも興味ない」みたいな。

もちろんエモとかコンテキストを全部否定するつもりはありません(けものフレンズは良いエモ)。ただまー、コンテキスト強いものは嫌いな人は嫌いなので、やり方ミスったら人気損なうと僕は思います。良いコンテンツを継続的に作成して配信してうまく回るエコシステムができればうれしいです。

まとめ

  • コンテンツはコンテキスト・エモありき
  • 広告業界()はコンテキスト・エモがこじれすぎてる
  • その結果、自家中毒起こしてコンテンツを損なってる

というのが僕の指摘です。

その事例だとコメントは不要だと思います

「正しく書かれたソースコードにコメントは必要ない」なんて幻想だという話 - 土屋つかさのテクノロジーは今か無しか および 「正しく書かれたソースコードにコメントは必要ない」なんて幻想だという話(補足編) - 土屋つかさのテクノロジーは今か無しかで、計算式の意図を説明するためにコメントを書こうぜという主張が書かれてますが、この内容だと全く賛同できませんね。別にコメントを全否定するわけではありませんが、この主張の例だと不適切です。

//フェードインが未完了の場合
if (alpha < 1.0f){
 //処理A
}

元記事の主張は、alpha < 1.0f という計算式はコメントなしでは本来の意味であるフェードインが未完了の場合、というものがさっぱりわからないということでした。つまり意味情報の欠落を問題にしています。

const isFadeinCompleted = () => alpha < 1.0
if (isFadeinCompleted()) {
  //処理A
}

これでいいのでは?jsっぽいコードサンプルとのことなので、普通にアロー関数でラムダ式書くだけでいいですね。これならコメント一行増えるのと、それほど手間変わらないし、名前空間汚染なんてのも発生しません。ちなみにisFadeinCompletedに引数を指定するまでやるかどうかはぶっちゃけどっちでもいいと思います。

まぁ案3でもかまわないと思います。一度変数に結果を格納するというのは、普通にリファクタリングで使われるテクニックでもありますし、なぜそこに抵抗を感じるのかが不思議ですね。

あと、id:ono_matope さんが言うような、isFadeinCompletedalpha < 1.0を結びつけるのがいやだということなら、二段階で定義すればいいだけですね。

const isTransparent = () => alpha < 1.0
const isFadeinCompleted = () => isTransparent()
if (isFadeinCompleted()) {
  //処理A
}

追記:

OkadaHiroshi id:erukiti の const isFadeinCompleted = () => alpha < 1.0 と書くのは、この定義を宣言の有効範囲外に出るまで覚えていなくてはならない、頭のスタックを余計に消費するのは避けたい。関数化するかは行数でなく抽象化できるかだ。

id:OkadaHiroshi さんのブコメですがここにて。alpha < 1.0という式にisFadeinCompletedという意味(名前)を与えるというのはごく自然だと思います。(命名が正しいかどうかとかはいったん棚上げにしておく)

頭のスタックということであれば、そもそもその関数(メソッドかもしれないけど)が長すぎるのでは?適切な分量の関数であれば、constのスコープが問題になるとは考えにくい。むしろその状況であればほかの変数も危険ですね。リファクタリングにおける「臭い」ではないですか?

冒頭に書いた通りコメントのすべてを否定するつもりはありませんが、不要なコメントに頼らざるを得ないのは、筋の悪い設計をしている可能性が高そうです。

if 文の次の文を読む時も頭の片隅に isFadeinCompleted が定義されていることを覚えてなくてはならない、関数の長さではない。気にならないのは無自覚になっているだけで思考のリソースを浪費しているのでは。

const hoge = () => {
    ...(1)
    const isTransparent = () => alpha < 1.0
    if (isTransparent()) {
        ...(2)
    }
    ...(3)
}

僕が言った関数の長さはconst isFadeinCompletedの定義されている関数のほうです。つまり、こういうコードだとすればhogeの長さ次第だという主張です。isTransparentという変数が増えて気になってしまう状況というのは、(1), (2), (3)が長すぎる事例ではないでしょうか?特に(3)です。

その場合、(もちろん状況に応じてですが)、hoge自体にリファクタリングが必要になるはずです。たかだか一つのconstが増える程度で問題になる状況ならば、おそらくhogeもテスタブルではないでしょうね。ユニットテストの観点からもリファクタリングにおける「臭い」があるはずです。

コメントを一つへらすためにラムダ式を一つ持ち出すのは、プラマイで言えばマイナスだと考えます。単純に改訂前の方が簡単に読める。(文化依存の見解です)

プラマイに関しては見解の相違っぽいのでおいておきますが、文化依存という点は賛同します。書いてる言語や設計アーキテクチャ(ブコメだとDDDの話もありました)などによります。

僕も思想・設計判断(特にwhy)を何らかの形で文章化すべきで、むしろ重要度は高いと思っています。

僕の好きなアニメ一覧

とある会話で「えるきちさん一番好きなアニメなんですか?」と言われて悩んだので、まとめてみた。 ちなみにその時は「氷菓」と答えておいた。まぁトップクラスで好きな作品なのは間違いないのだけど。

好きなアニメ一覧 (順位というよりは層/Tier別)

同じTierの場合順不同。基本的にはテレビ版のみで判定。

Tier0

自分の中でよくよく考えると一番のコアになってるアニメはトムとジェリーだわ。仲良く喧嘩しな!がモットー。

Tier1

Tier2

ドルアーガの塔あまり評価されてないアニメだと思うけど、凄く好きな作品だ。

Tier3

Tier4

Tier5

なんとも言い切れない

シン・エヴァはちゃんと完結してTier1へ行くのだと信じている。

好きなはずだけど、ちゃんと覚えてない

諸事情により未視聴なのだが、気になってる

原作気になってる

好きなはずだけどちゃんと見てない or 一部しか見てない

原作が好き (アニメも悪くないけどあんまりちゃんと見てない)

アニメなんて無かった、いいね?

コミュニケーション開始時のプロトコルはどうあるべきか

「電話していい?」ってメールしてから電話する男 は割と面白いネタだと思った。

電話恐怖症をもってるはてな民達ははてブを読む限りは、おおむね先にメールを打つ習慣を持つ派かなーと見た。僕も先にメールを打つ方がいいかなーと思う派なんだけど、これは実際のところは相手次第だとは思う。いついかなるタイミングであっても電話着信が問題ないようにしている人相手なら必要は無い。だが、人によっては会議中に電話がなっちゃうかもしれないし、メール対応はできても電話対応はできない人もいるわけだ。もしかしたら仮眠を取ってるかもしれない (そして要件の優先度に応じては電話にでるよって人の場合、特にややこしい)。僕なんかは常時マナーモード派なので、いつ着信受けても問題無いようにしてあるわけだけど、そういうのは人によるからねー。

まぁ、これが「電話していい?」だけ聞くなよ派だったのならばもうちょっと話は膨らむ。たとえばいわゆる「お疲れ様ですだけのメッセ飛ばすな死ねよクソが」問題だ。要件の内容を一切提示せずにエクスキューズだけしてくる人が一定数いるのだ。エンジニアのようにネット慣れしてる人ならこういうしょうもないミスはやらかさないんだけど、非技術職の人の中にはそれなりの率でこういう人がいる。「お疲れ様です。◎◎についてです。」位言ってあげる方が相手にとってはとても親切なのです。メッセを受け取った人が今対応しなければならない緊急の案件なのか、そうじゃないのか、などの区別が付くからだ。相手の手間を減らしてあげましょう。電話の場合なら、何分くらいで済む電話なのかを提示すると相手にとっては嬉しいよね。

電話を開始した後でも「今電話大丈夫?」と聞くのも相手に対する優しさだ。人によっては少しの時間なら大丈夫だけど長話は無理よって人もいるし、長話にするなら準備するからちょっと待ってよって人もいるのだ。これに対して確認を取るのは当然あるべき姿だし、そもそもそこから「今、猫をもふってるだけだからいくらでもOKよ〜」みたいな感じで会話を膨らませる起点に出来たりもするわけだ。素晴らしい。

全く関係ない話に飛ぶが、電話にまつわる常識というのは環境に左右されやすいものだなーとは思う。僕なんかは夜9時を超えると電話をするというの凄く抵抗を感じるのだ。「夜分遅くに大変申し訳ありません」ってやつ。ところが友人はそこらへんの感覚が全く無い。これは住環境の違いかなーと分析したことがあって、友人が住んでたのは普通の一軒家で、子供のプライベートな部屋があった。ところが僕は狭い団地に住んでいて、部屋はあっても音が筒抜けなので夜中に電話すると「夜中に電話するな殺すぞクソが」って言われるような家だ (注: こんな口汚くののしる親ではありません)。そう夜中 = 電話が無理っていう環境だったのだ。夜中に電話するなら公衆電話行くしか選択肢なかったのよね。まぁ、この二つの対比は極端かなーとは思うけど、携帯電話の普及する以前だと、相手と話するには家の電話に掛けざるを得なかったので、夜中に電話するというのはそもそも礼儀に反するものだったわけだしね。現代においては携帯電話も普及しつくしてるので、相手の住環境にもよるけど、夜中に電話しても大丈夫なのだろう。だが、僕的にはなんとなく心苦しく感じちゃうものなのだ。

なんて言うのを、一番最初の増田のコンテキストを意図的に無視して延々語ってしまうような僕はきっとモテないのだ。ぎゃふん。

議事録を取るのは練習としては最適であるという話

ダメ人間から脱出するための3つのポイントをマジで考えてみた - Outward Matrix という記事を読んだ。同じような「空回り」をしていたから痛いほど気持ちはわかる。が、正直この文章を読む限りでは、ハマり状態から抜け出すのは割と困難に見えてしまう (現在ハマり状態から抜け出せていたら僕の誤りですごめんなさい)。

さて、議事録には二つの側面がある。一つは後で確認したい場合でコンサルとかだとたぶんこれ重要なのだろうね。これに関しては特に言う事は無い。

議事録にはもう一つ重要な要素があって、それは新人を育てる最適な手段であるという点。議事録というのはポイントを押さえないとちゃんと読みやすいモノはできあがらない。正しくアウトプットする為にインプットが強化されるという側面もあって、議事録を書こうと頑張るのは、その内容を理解する手助けになるのだ。

センパイに議事録の作業を巻き取られてしまったにせよ、自主的に議事録を書けばいいのだ。ICレコーダー(あるいはスマフォの録音機能)で録音をして、なんとか頑張って議事録を書いてみる。その練習は決して無駄にはならない。議事録ができあがったら、センパイの作成した議事録と比較すればいい。あるいはセンパイに「こういう理解で合ってますか?」と聞けばいい(聞けるほど余裕の無い会社なら何か考えた方がいい。転職とか)。

本はいくら読んでも大して参考にはならないよ。そういう誤った方向に全力で努力して鬱強度を高めるのは、僕もやったことがわかるからとても気持ちがわかるのだけど、取り返しのつく内になんとか軌道修正をして生き残れることを説に願う。

映画を映画館で見る理由

増田で 友達がいないから映画を見る必要がない という記事があって、僕的に全く同意できなかったのでそこらへん。

結論先に言うと、映画館の設備の良さと雰囲気を味わいながら2時間過ごして1800円(会員証だともっと安い)だったら、趣味としては凄くリーズナブルに感じるからという理由です。友達がいようといまいと全く関係なくですね。

さて、僕は映画館の会員証を作る程度には映画を見る人です。と言ってもガチで映画見てるクラスタとは比べものにならない少なさなので年間二桁はいかない程度 (平均6本くらいかな)。どういう映画を見てるか?というと大体はアニメ (と一部の特撮)、サスペンス、ハリウッド大作映画です。

シン・ゴジラは見に行くのどうしようかなー、様子見るかーと思って初日を迎えたらTwitterやSlackの雰囲気を見て、ものすごく嫌な予感をしたので翌日に見に行きました。嫌な予感というとちょっと変な言い方ですが作品そのものに嫌な予感がしたのではなくて、これ油断すると絶対ネタバレ食らうヤツやという確信めいたものです。まどマギの映画なんかも同じ理由で初日に行きました。僕自身はネタバレは人道の罪ととらえているので自分では極力ネタバレをしてしまわないように格別に注意を払ってるんですが、うかつな人や確信犯(誤用)はどこにでもいるし、有名な作品だとどうしても顕著になるんですよね。君の名は。は、公開してからすぐ行ったけど実はあんなに大ヒットすると思って映画館に行ったわけではなくたまたま見に行きたくなったから行ったという程度の理由でした。

他のアニメ映画だと、ズートピア見たいなーと思ってたらすっかり見に行くの忘れててしょんぼりです(BD買ってもいいけどそれだとまた違う)。ガラスの花と壊す世界は、凄く好きな作品だけど、ほとんど話題になってなかったなー。去年は去年で、心が叫びたがってるんだ。とベイマックスとバケモノの子と、名作続きでとてもホクホクでした。2014年だと楽園追放とか魔女っこ姉妹のヨヨとネネが名作だったなーとか、語り出すとたぶん切りが無いというか延々好きなアニメ映画をリストアップするような感じになりそうです。(で、しかも老化で作品名を忘れたり現象とかが…)

ソーセージ・パーティー (公式サイト不明で ナタリーの記事 ) 面白そう。

サスペンスは、まぁテレビドラマも含めてサスペンス全般がこよなく好きなので映画館で見たいなーと思いつつも、あまりそっち方面のアンテナ感度がよくないので、適当に探して適当に見に行ってる感じです。今度やる映画だと、ミュージアム が面白そうですね。

この前沙粧妙子のDVD boxを買ったまま、まだ見てません。ちなみにTRPGのシナリオ作りには2時間サスペンスが役に立つというのが僕の友人の持論です。

ハリウッド大作映画は話題作が面白そうなら見に行くくらいのスタンスですが、基本的にはあまり何も考えずに銃撃戦や爆発を堪能できるような作品が好きです。

元増田の人は大分不可思議な固定観念が染みついちゃってるようで、若い人っぽいのに老害めいたものをまとってるなーとは思いました。それはさておいても、今の若い人、もしかして作品にお金を払うというの忌避感を覚えていたりでするんですかね?個人的には良い作品には金を払おうと思っています。良いアニメの円盤は無理のない範囲で買うことを心がけています (いわゆる無理のない課金、無課金)。映画館で映画を見るのは金を払うというにはささやかですけどね。iTMSとかで配信とか言っても画質、気にならないのかが不思議です。

とりとめもなく書きましたが、ポップコーンをボリボリ食いながら大きなスクリーンと迫力の音声で映画を見るの楽しいです。

ブログ開設してみました

技術系のブログは全部 Qiita に書いてるし、ガジェット系は(ほとんど書いてないけど) Macbook(12inch)やガジェットを愛するブログ に書いてるんですが、それ以外のmiscなものを書く場所が無かったので、ブログ開設というか増設してみました。